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真正で読みやすいイクバールの伝記が求められている

いつの間にか2022年になってしまった。昨年は本腰を入れて取り組むことができなかったので、2022年の目標は本ブログで100本書くことにしたい。3日坊主で終わらないことを祈るが、今後数回にわけてパキスタンの建国詩人ムハンマド・イクバール(1877-1938)を中心に紹介したい。本記事は13年前のものであり、イクバールの息子ジャーヴェード・イクバール(1924-2015)はすでに故人となっているものの、パキスタンにおけるイクバール研究史を知るうえで有益であることには変わりはない。

 

Parekh, Rauf. 2009 (November 9).  An authentic, readable biography of Iqbal is needed, Dawn.(2022年1月2日閲覧)

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真正で読みやすいイクバールの伝記が求められている

2009年11月9日

ラウフ・パーレーク

オスカー・ワイルドは、伝記というジャンルについて以下のように語っている。「かつて私たちは我々の英雄をよく美化したものだった。現代の方法は彼らを低俗化するためにある。偉大な書籍の廉価版は喜ばしいかもしれないが、偉人の廉価版は断固嫌悪する」

 このことは、おそらくワイルドの時代よりも〔私たちの生きている〕現代においてより真実味が増している。そして、それはどの偉人よりもイクバールの伝記において真実味を帯びている。特に昨今、イクバールの遺産を破壊しようとする動きがあり、彼の人生や哲学、詩に関する多くの不適切な疑問が話題となっている。カラーチーで出版されている月刊誌Sahīは、特にイクバールの人格とイメージを破壊しようと試みている。イクバールはこれらの試みに対して無傷であったが、これら〔の出来事〕はイクバールの生涯と思想に関する真正な解説を執筆する必要性を強調した。

 イクバールとガリーブはウルドゥー詩人の中で〔伝記が〕最も執筆されている二人であるが、イクバールの真正で読み応えのある伝記はまだ作られていない。これまでに書かれた伝記は何らかの点で不足がある。中には、イクバールを俗化させようとしたり、イクバールの生涯に関して誤解を生じさせたりしているものもある。一部の不謹慎な人々は、イクバールの青年期に関する噂のようないくつかの誤解を未だに信じている。確かに、イクバールは天使ではありません。彼は人間でした。Samuel Johnsonはかつて以下のように述べた「人が賛美歌を書く時、悪徳を見えないようにすることができる。しかし生涯を書くと公言するならば、実際にそうであったように表現しなければならない」加えて、イクバールの生涯を書く際以下の点を心に留めておく必要がある。彼は単なる詩人や単なる哲学者ではなく、亜大陸ムスリムのための新たな国家の哲学的基礎を築いた人物の一人であり、彼の伝記はそれを反映していなければならない。

 これまでに書かれたイクバールの伝記をざっと見てみよう。〔彼に関する伝記は〕イクバールの生涯を垣間見るための伝記的なエッセイの形による散発的な努力から始まる。Makhzan誌の編集者アブドゥル・カディールが初めてそのような記事を書き、ラクナウーのKhadang誌の1902年5月の号に掲載された。その後、Muhammad Deen Fauq、Sir Zulfiqar Ali Khan、Moulvi Ahmed Deenらが生前のイクバールの生涯について記事を執筆したが、生前のイクバールの生涯を書籍で長々と記述した伝記はない。その理由の一つは、イクバールがそのような考えを推奨せず、自分の人生には他人の関心や学びになるような出来事がないと言っていたからである。しかし、ジャーヴェード・イクバールが『生き生きした流れ』で述べているように、イクバールは自らの思想や哲学が徐々に進化していく様子を描きたかったが、それができなかったのである。

 ラフィーウッディーン・ハーシュミー教授によれば、1932年にラーホールの雑誌『思想の転変(Nairang-e Khayal)』は、イクバール特集号を発行した。1938年にイクバールが亡くなると、同年、彼に関する最初の本が出版された。それは、Chiragh Hasan Hasratによって書かれたものである。Hayat-e IqbalというタイトルでラーホールのTaj Company, から出版された。1939年、Muhammad Hussain KhanがIqbalを、Muhammad Tahir FarooqiがSeerat-e Iqbalを執筆した。同年、Abdullah Anwer BaigがThe Poet of The Eastを執筆した。1947年には、Schedanad SinhaのIqbal: The Poet and His MessageがAllahabadから出版された。1947年にBombayから出版されたAtiya FayzeeのIqbalは、学生時代のイクバールのヨーロッパでの明るくのんびりとした生活を垣間見ることができる。この本には、いくつかの貴重な写真と彼女に宛てたイクバールの手紙が含まれていた。

 Abdul Majeed SalikAbdus Salam Khursheedがイクバールの真正な伝記を書くと期待されていたが、両者が書いた本は結果としてその期待に応えることができなかった。しかし、Faqir Syed WaheeduddinSyed Nazeer NiaziKhalid Nazeer Soofi, Abdullah Qureshi, Abdullah Chughtai, Hameed Ahmed Khan, Saeed Akhter Durrani, Iftikhar Ahmed Siddiqui, Hamza Farooqi, Muhammad Haneef Shahid, Sabir Kalorviなどのイクバール学者によって、イクバールに関する比較的深いレベルまで伝記的詳細を伝える非常に有用で興味深い本が執筆された。

 1977年は、政府レベルでイクバール生誕100周年が記念された年であり、文学界もまたイクバールに関する書籍や記事をかつてないほど大量に目にした年でもあったため、その分水嶺となる年として記憶されることになるであろう。そして現在では、イクバールに関する新書や記事が出版されない年はない。しかし、その多くはイクバールの芸術、あるいは彼の人生と芸術の両方について論じる傾向がある。そして、イクバールの伝記として意図された本は、イクバールの全生涯をカバーしていないもの、詳細が欠けているもの、イクバールとの会話のみを記録したもの、不正確な情報が入り込んでいるものなど多くの点で不足があった。これらの本は研究者に良い資料を提供したが、イクバールの生涯の全体像を示す、良い、詳細な、真正の伝記の必要性を痛感させた。

 1979年に初版が出版されたジャーヴェード・イクバール(Javed Iqbal, 1924-2015)の『生き生きした流れ(Zindah Rūd)』は、そのギャップを埋めるものであった。イクバールの息子によって書かれたこの伝記は、最も信頼でき、最も詳細で、最も正確であると即座に評価され、現在では第4版まで出版されている。この伝記は、ある側面で欠けていると言う人も多いが、いまだに他の追随を許していない。『生き生きした流れ』の批判的研究は、ラシード・ハミード(Rashid Hameed)博士の『『生き生きした流れ』の学術的批評研究』でなされている。本書は、不正確なスペルなど、些細なことに重きを置きつつも、いくつかの弱点を的確に指摘しており、もしそれが解決されれば、本書の価値は間違いなく高まるであろう。ハミード博士は、例えば、ジャーヴェードがイクバールの手紙など、利用可能な基本的かつ原典のいくつかを十分に考慮できなかったことを正しく指摘している。ハミード博士によれば、ジャーヴェードはイクバールの本格的な研究を行うために必要な全ての基本的かつ原典を利用できる特別な立場にありながらそうすることができなかったと述べている。

 『生き生きした流れ』は、日付や出来事に関する限り、誤りや不正確さがないわけではありません。また、ジャーヴェード・イクバールは、イクバールがカーディヤーニー(アフマディーヤ)に傾倒していた、あるいは同調していたという印象に対して、事実は全く逆であるため、十分に力強く反論することができなかったと述べている。(イクバールの甥で、カーディヤーニーに改宗したEjaz Ahmedもその著書Mazloom Iqbalの中で誤った印象を与えている。)またハミード博士の印象では、ジャーヴェードの文体にはメリハリがなく、時に無骨に見えたようである。実際、イクバールの伝記としては『生き生きした流れ』が圧倒的に優れており、本書全体が読みやすさに欠けているという印象を与えるのは不当であろう。この本の大部分は非常に明晰であり、時には非常に興味深いものである。ラフィーウッディーン・ハーシュミー教授が『パキスタンにおけるイクバール学の研究1947-2008』で述べているように、「ジャーヴェードは伝記作家としての責任を非常によく果たし、『生き生きした流れ』はイクバールの人生の重要な事実と側面を詳細と必要な背景とともに記述したバランスのとれた客観的伝記である」。イクバールの人生が偉大な人物のものであったことを感じさせてくれる」。イクバールの最近の伝記で特筆すべきは、Khurram Ali ShafiqueDama Dam Ravaan Hai Yam-e Zindagiは5部構成で書かれており、まだ未完成である。ラーホールのAlhamraから出版され、完全に出版されれば、イクバールの伝記文献に非常に重要な追加となることは間違いない。さらに昨年、イスラマバードにあるパキスタン文学アカデミーの「パーキスターン文学の水準」シリーズとして別の伝記が出版された。著名なイクバール研究者であるラフィーウッディーン・ハーシュミー教授によって書かれた『イクバール:人格と技巧』というタイトルで出版されている。一般人や学生を対象としており、イクバールに関するいくらかの誤解を取り除くことを目的としている。本書の特徴は、他の本では通常見られないような、ある種の詳細や出来事を語っている点にある。

 ジャーヴェード・イクバールが価値のある自著の第5版、改訂版の出版が期待される。